はじめに
リチウムイオン電池やリチウムポリマー電池を安全に利用するためには、電池を適切な動作範囲に保つことができる保護回路が必要です。電池の保護で、最も重大な障害は、過電圧、過電流、温度超過の状態で、これらは電池を危険なほど不安定な状態にする可能性があります。電圧不足の状態でも同じことが言えますが、その程度は低くなります。そのため、不足電圧保護は一次保護層にのみ含まれ、二次保護層にはほとんど含まれません。最近の一次保護ICは、可能な限り柔軟で充実した機能を持つように設計されているため、ファームウェアによる制御を必要としないシンプルで安価な不足電圧保護のソリューションを見つけることは、それほど簡単ではありません。 ヒューズよりも高機能で、かつ不要なバッテリマネジメント機能を搭載しない過電流保護機能を搭載する場合にも、同様の問題が発生します。
背景
リチウムイオン(Li-ion)電池とリチウムポリマー(LiPo)電池は、電気的特性はよく似ていますが、パッケージが異なります。リチウムイオン電池は硬い(通常は円筒形)エンクロージャで作られており、リチウムポリマー電池は様々な大きさのパウチに入っています。エネルギー密度が高いため、重量やスペースに制限のある用途に広く利用されています。他の電池に比べてメンテナンスが少なく[1]、セルあたりの出力電圧が高い(つまり使用するセルの数が少なくて済む)のが特長です。しかし残念ながら、その繊細な性質上、所定の動作限界を超えて使用されないように保護回路が必要です。これを怠ると、文字通り爆発的な結果を招くことになりかねません。図1は一般的なバッテリマネジメントシステム(BMS)のブロック図で、バッテリ保護ブロックとバッテリ監視ブロックを含んでいます。
図1: バッテリマネジメントシステムの代表的なブロック図[2]
上記のBMSには、2つの保護層があることに注意してください。一次保護は、「バランスおよび一次安全」ブロックと「保護用MOSFET」ブロックから構成されています。二次保護は、「二次安全」「PTC」「TCO」そして「ノンリセッタブルヒューズ」ブロックで構成されています。多くの場合、一次保護とガスゲージのコンポーネントは1つのICにまとめられ、温度オーバー/アンダー保護やバッテリ認証など、上記に示されていない追加の保護機能を含むことがあります。BMSの構成要素は、電池パックに組み込まれる場合(パック側)、アプリケーション自体に組み込まれる場合(システム側)、あるいはその2つの組み合わせの場合があります。
過小評価されている不足電圧
リチウムイオン/リチウムポリマーセルの電圧が動作最小値(通常約2.5V)を下回ると、セルが損傷します。その程度は、セルがどの程度過放電になるか、また過放電の状態がどの程度続くかによります。電圧が最小値をわずかに下回っただけの最善のケースでは、容量の損失はわずかですが、自己放電率は増加します。セルの電圧が低くなればなるほど、これらの効果は顕著になります。セルの電圧が下がりすぎるとショートして、周囲に大きなダメージを与える可能性があるので充電するのは危険です[3]。しかし、多くのBMSは冗長な不足電圧保護機能を備えていません。
図1のBMSの例では、「二次安全」ブロックで過電圧保護を提供していますが、不足電圧保護は提供していません。これは、「二次安全」ブロックが故障を検知すると、ノンリセッタブルヒューズが飛ぶためと思われます。このブロックに不足電圧保護機能を持たせていたとして、セルのいずれかが少しでも過放電になった場合、たとえダメージが最小限だったとしても、パック全体が使えなくなります。この問題の解決策は明白で、二次保護段の不足電圧の閾値を低くすることにより、重度の過放電状態からのみ保護することです。しかし、多くの二次保護ICは、この種の保護には十分とはいえない低電圧の閾値が設定されています。また、アプリケーションにもよりますが、ノンリセッタブルヒューズの代わりにハイサイドスイッチを使用することも可能です。使用できない場合は、ヒューズとスイッチの両方を使用し、ヒューズは過電圧の警告信号で溶断し、スイッチは不足電圧の警告信号で閉じるようにすることができます。過電圧保護はそのままに、不足電圧保護を追加することで、一次保護部品に異常が発生した場合でも、セルの早期消耗を防ぐことができます。
二次保護は、ファームウェアの設定が不要であるという意味ではシンプルです。ほとんどの一次保護ICはシリアル通信インターフェースを備えており、ホストによる電圧閾値の設定、警告の設定、ステータスフラグの読み取り、さらに最新の測定値の読み取りが可能です。この機能は冗長保護では必要ありません。理想を言えば、この保護が決して使用されないことです。どのような設定もピン接続により可能で、IC自体も小型で安価なものが多いです。シングルセル構成の場合、基本的なウィンドウコンパレータで二次的な過電圧/不足電圧の保護が可能なため、これらの要件を満たすことは非常に簡単です。TIのTPS3700ウィンドウコンパレータは、外部の抵抗分割で閾値を設定でき、400mVの内部基準電圧も備えています[4]。図2のブロック図は、TPS3700のデータシートから引用したもので、過電圧閾値を4.3V、不足電圧閾値を2.5Vに設定するための抵抗値の選択方法を示しています。
図2: TPS3700ウィンドウコンパレータのブロック図[4]
マルチセル構成では、各セルの電圧を個別に監視する必要があるため、シングルウィンドウコンパレータを使用するべきではありません。これはMaximのMAX11080IUU+バッテリパックフォルトモニタで実現でき、最大12セルの過電圧と不足電圧の両方の保護機能を提供することができます。より多くのセルが必要な場合は、複数のチップをデイジーチェーン接続することができます。過電圧と不足電圧の閾値はピン選択で可能で、外付けコンデンサによって警告遅延時間を設定することができます[5]。このICは、より少ないセル数でも動作しますが、コストが高く、フットプリントが大きいため、高電圧アプリケーションに適しています。実際、動作電圧は6V~72Vと規定されており[5]、2個のセルを使うアプリケーションはこのデバイスでは動作しないことになります。
結局のところ、2つのセルを独立して監視できる単純な過電圧/不足電圧保護ICを見つけるのは簡単なことではありません。幸いなことに、TIは2~4セル用の過電圧保護ICとしてBQ296xxxラインアップを提供しています。これらのデバイスは、いずれかのセルが不足電圧の閾値を下回ると無効となる安定化された3.3V出力電源を備えており、バッテリの過放電を回避することができます。この出力は、RTC[6]などの低消費電力回路(1mA未満)への電源供給を目的としていますが、アクティブローの電圧不足検出信号としても活用できます。先に紹介した2つのソリューションとは異なり、このデバイスの過電圧と不足電圧の閾値は設定できません。その代わりに、工場であらかじめプログラムされ、デバイスの品番で識別されます。例えば、BQ296113は過電圧閾値が4.35V、不足電圧閾値が2.5Vであり、 BQ296107は過電圧閾値が4.5V、不足電圧閾値が2.8Vとなっています。これらのデバイスオプションの概要は、データシート[6]の表1および表2に記載されています。図3は、過電圧故障検出信号と安定化出力の両方をハイサイドスイッチでインターフェースする方法を示しています。
図3: BQ296xxxを用いた過電圧および不足電圧の保護回路
過電流保護の追加
BQ296xxxの安定化出力は、アクティブローの故障検出信号を持つ他のバッテリ保護デバイスを簡単に統合できます。例として、電流センスコンパレータINA300を考えてみましょう。このICはアクティブロー、オープンドレインのアラート信号を持ち、消費電流は最大でも135μA[7](1mA制限を大幅に下回る)です。図4は、2セル直列の過電圧保護、不足電圧保護、過電流放電保護を実現した修正回路図です。コンセプトは単純です。故障検出がない場合はアラート信号がロジックハイですが、INA300またはBQ296xxxのいずれかが故障状態になると、アラート信号はロジックローになります。過電流状態が発生すると、INA300にはやはり電源が供給され、アラート信号をローにプルダウンします。過電圧または不足電圧の状態が発生すると、INA300はBQ296xxxの安定化出力から接続を切り離され、アラート信号がR8によってローにプルダウンされます。
R8の値は次の条件を満たす必要があります。R8 ≥(Vt R7)/(3.3 - Vt)、ここでVtはQ2の閾値電圧です。
図4: 最小限の過電圧、不足電圧、過電流の保護
INA300は、設計者がアプリケーションの要求に合わせて動作を調整できるように、多くのピン設定オプションを備えています。最も重要なことは、3番ピンに接続する外部抵抗の値を次のように選択することで、過電流閾値を設定できることです。
その他、出力モード、アラート遅延時間、ヒステリシスの設定が可能であり、表1にまとめています。出力モードは、過電流状態に合わせてアラート信号を継続的に更新するトランスペアレントモードと、故障検出後にアラート信号を手動でクリアしなければならないラッチモードのいずれかに設定可能です。アラート遅延時間設定は、過電流状態がどれくらいの時間続けばアラート信号が設定されるかを決定します。最小の10µsの遅延を選択すると、故障状態に素早く反応するようになりますが、ノイズによる誤報が発生しやすくなります。遅延時間を長くすると、応答速度が遅くなる代わりに、ノイズに強くなります。なお、アラート遅延時間設定として10µsを選択した場合、過電流閾値をより正確にするためにRLIMITの計算にノイズ調整係数(NAF)を含める必要があります(詳細はデータシートをご参照ください)。最後に、ヒステリシスの設定は、過電流故障が検出された後、過電流閾値をどこまで下げるかを決定します[7]。
表1: INA300 設定オプション[7]
ピン接続 | 出力モード(6番ピン) | アラート遅延時間(7番ピン) | ヒステリシス(10番ピン) |
---|---|---|---|
フロート | 無効 | 10µs | 2mV |
GND | トランスペアレント | 50µs | 4mV |
VS | ラッチ | 100µs | 8mV |
結論
リチウムイオン電池、リチウムポリマー電池のどちらを使用する場合でも、安全に使用し、早期に消耗しないようにするために、バッテリマネジメントシステムが必要です。(過電圧、過電流、温度超過に比べると)不足電圧は検出すべき最も重大な故障状態ではないため、一般に、各セルに対して個別に不足電圧保護を行い、かつ不要な機能を搭載しないシンプルなデバイスを見つけることは困難です。ありがたいことに、使用するセルの数によって、さまざまな選択肢が用意されています。また、過電流保護機能を付加する必要がある場合、INA300電流センスコンパレータは、その柔軟性とシンプルさにより、優れた選択肢となります。
参考文献
[1] Cadex Electronics Inc.、「Is Lithium-ion the Ideal Battery?」 [Online]. Available: . [Accessed 18 May 2017]
[2] D. Gunderson、「Designing battery-management systems」Micro Power Electronics, 6 January 2011. [Online]. Available: . [Accessed 18 May 2017].
[3] Woodband Communications Ltd、「Lithium Battery Failures」 [Online]. Available: .[Accessed 18 May 2017].
[4] Texas Instruments、「TPS3700 過電圧および低電圧監視用の基準電圧を内蔵した高電圧 (18V) ウィンドウ電圧検出器」TPS3700データシート、February 2012 [Revised February 2017]
[5] Maxim、「12チャネル、高電圧バッテリパックフォルトモニタ」MAX11080データシート、April 2009 [Revised June 2010]
[6] Texas Instruments、「BQ296xxx 2/3/4 直列セル・リチウムイオン・バッテリ向け過電圧保護、安定化出力電源付き」BQ2961データシート、February 2014 [Revised January 2017].
[7] Texas Instruments、「INA300 過電流保護、電流センシング・コンパレータ」INA300データシート、February 2014 [Revised April 2016]