著者 Steven Keeping
DigiKeyの北米担当編集者の提供
2022-06-29
アンテナ設計は、ワイヤレス製品の成否を左右します。技術者がスループット(データ転送量)と到達距離を最大化しようと努力しても、規制によって割り当てられた周波数帯域の送信電力が制限されているため、ますます多様化する無線のIoT(Internet of Things)設計の課題は大きくなります。
従来の設計ガイドラインでは、受信電波の半波長の長さのストリップアンテナ(平面アンテナ)を推奨しています。ダイポールアンテナの場合、2.4GHzの周波数帯では6.25cmとなります。しかし、ワイヤレスIoT製品にとって、この設計上のアドバイスは2つの大きな課題となります。第1に、一般的にスペースが限られているため、比較的長いアンテナを収容することは困難です。第2に、IoT製品は通常、Bluetooth LE(Bluetooth low energy)、Wi-Fi、GPSや、さらにセルラーに接続するために複数の無線周波数にアクセスします。このため、複数のアンテナを収容する必要があり、それぞれにインピーダンス整合回路が必要となり、設計のコスト、複雑さ、大きさが増大します。
組み込みアンテナは、マルチバンドIoT製品設計におけるスペースとコストの制約に対するソリューションを提供します。これらのモノリシックアンテナ(回路素子一体型アンテナ)は、コンパクトな寸法を特長とし、優れた性能を維持しながら、複数の異なる周波数に対応することができます。しかし、トレードオフがあります。同種のアプリケーションにおいて、マルチバンドの組み込みアンテナの性能は、シングルバンドのストリップアンテナに劣ります。このため、設計者は、すべての周波数で組み込みアンテナの効率を最大化するために、主要な設計ガイドラインを忠実に守ることがさらに重要になります。
これらのガイドラインは、アンテナの選択と位置決めだけにとどまらず、組み込み部品は「アンテナシステム」の一部分を構成しているにすぎません。効率的なシステムを構築するためには、アンテナを適切なプリント基板(PC基板)のグランドプレーンやインピーダンス整合回路とうまく組み合わせ、性能を最適化しなければなりません。システムの各部分の設計は、アンテナシステム全体の効率に大きく影響し、インピーダンス整合回路の設計は、マルチバンドの組み込みアンテナにとって特に難しいものとなります。
この記事では、アンテナとワイヤレスIoTデバイスの設計者が直面する課題について簡潔に紹介します。そして、マルチバンド組み込みアンテナを紹介し、どのように設計し、プリント基板のグランドプレーンやインピーダンス整合回路との整合性を確保し、どのように性能を最適化するかを説明します。
アンテナの基礎
送信の場合、アンテナは電圧と電流を変換してRF信号(電波)を生成して送信します。受信の場合、アンテナはRF信号(電波)を受信し、電圧と電流に変換して受信器に送ります。アンテナの効率を最適化することで、送信パワーをできるだけ多く放射無線エネルギーに変換し、受信信号からできるだけ多くのエネルギーを得て受信器に供給します。これらの機能をどれだけ効率的に実行できるかが、IoTデバイスの動作範囲とスループットを大きく左右します。
アンテナの効率(通常、デシベル(dB)単位で測定)はいくつかの要因によって決まりますが、重要な要因はインピーダンスです。アンテナのインピーダンス(入力電圧と入力電流との関係)と、アンテナを駆動する電圧源のインピーダンスの間に著しい不整合があると、アンテナ効率が低下します。効率を向上させるためのポイントは、2つのインピーダンスを等しくすることです。
インピーダンスの不整合によって伝送路上のアンテナで反射された電力は、進行方向に進む電力と干渉し、定在波を発生させます。インピーダンスの平衡度を測る一般的な尺度は、電圧定在波比(VSWR)です。VSWRが1.0であればインピーダンスのミスマッチによる損失がないことを示し、数値が大きいほど損失が大きくなることを示します。たとえば、VSWRが3.0の場合、電力の約75パーセントがアンテナに供給されていることを示します。VSWRが6.0以上の場合は効率が悪く、設計を見直す必要があることを示しています(表1)。
表1: VSWRが高いと損失が大きくなります。
VSWRが6:1を超える場合、設計者は設計の
見直しを検討したほうが良いでしょう。
(画像出典:Steven Keeping)
さらに複雑なのは、アンテナのインピーダンスが周波数によって変化することです。システムが単一の周波数に調整されている場合は問題ありませんが、IoT製品は多くの場合、複数の周波数で動作する無線を使用します。これは、Bluetooth LE(2.4GHz)、Wi-Fi(2.4GHz、5GHz、さらに6GHz)、LTE-M/NB-IoTセルラー(700~2200MHz帯の複数の帯域で動作)、GPS(1227MHzと1575MHz)など、複数のインターフェースの混在に対応するために必要です。
マルチバンド製品の1つの選択肢は、周波数ごとに別々のインピーダンス整合アンテナを使うことですが、これはかなりの複雑さ、大きさ、費用を伴います。代替案としては、単一の内蔵アンテナを使用し、動作周波数範囲をカバーするために良好なインピーダンス整合を保証する回路を設計することです。
アンテナの選択と配置
洗練された組み込みアンテナ設計を提供するベンダーは数社あります。最終製品が必要とする動作周波数帯の知識があれば、サプライヤのカタログから適切なアンテナの候補を絞り込むのは比較的簡単です。例えば、Ignion (Fractus Antennas)は、ALL MXTEND NN02-220アンテナやTRIO MXTEND NN03-310アンテナなど、IoT製品に適した幅広いアンテナ製品を提供しています。
NN02-220は、セルラー2G、3G、4G、5Gに加え、NB-IoT/LTE-Mセルラーアプリケーションに適したマルチバンドのアンテナで、24 x 12 x 2mmのパッケージで供給されます。適切なシステム設計により、このアンテナは70%に近い効率と3:1未満のVSWRを達成することができます。また、無指向性の放射パターンを持ち、全方向でほぼ同等の送受信が可能です。
NN03-310はNN02-220と同じ周波数帯域をカバーしますが、GNSS、Bluetooth LE、Wi-Fi 6E、UWB(超広帯域)が追加されています。サイズは30 x 3 x 1mmで、効率は65%に近く、VSWRは3:1以下、放射パターンは無指向性です(図1)。
図1:Ignion NN03-310は、セルラー、GNSS、近距離RF、Wi-Fi、
UWB用の組み込みアンテナです。(画像出典:Ignion)
組み込みアンテナを選択したら、次はPCボードのグランドプレーンを検討します。グランドプレーンの大きさはアンテナ効率に大きな影響を与えます。例えば、動作周波数が900MHzの場合、同程度のものとの比較では、10cm2のグランドプレーンでは30%の効率を示すかもしれませんが、40cm2のPCボードのグランドプレーンでは60%まで効率を高めることができます。したがって、最終製品の形状や寸法の制約の範囲内で、できるだけ大きなPCボードを使用し、そのPCボードの1枚分をグランドプレーンに充てるのが良い設計手法です。周波数が高くなるにつれて、PCボードのグランドプレーンの大きさがアンテナの効率に与える影響は小さくなることに注意してください。数GHz以上では、その影響は無視できます。
PCボード上のアンテナの位置も、設計上の送信パワーと受信感度に大きな影響を与えます。メーカーのガイドラインでは、IoTデバイスの隅に配置することを推奨しています。また、動作中に電磁干渉(EMI)を発生させる可能性のある他のアクティブな部品から、チップアンテナをできるだけ離して配置することも重要です。通常のセルラーIoTデバイスの送信電力レベルであれば、他の部品との距離は最低20mmあれば十分です。グランドプレーンもこのエリアから離しておく必要があります。
クリアランスエリアには、チップアンテナと他の回路をつなぐ基板パッドと銅トレース以外は置かないでください。また、ハウジングのネジやブラケット、その他の金属部品からアンテナを遠ざけることも良い方法です。例えば、Nordic Semiconductor nRF6943セルラーIoT開発ボードでは、アンテナはボードの片側に配置され、他の部品との間に隙間が設けられ、取り付けネジから離れた位置にあります(図2)。
図2:nRF6943セルラーIoT開発ボードのマルチバンドアンテナの位置を上部に示し、アンテナ
と他の部品の間に広いスペース(白ラベルで部分的に覆われている)があります。
(画像出典:Nordic Semiconductor)
nRF6943は、近距離無線(Bluetooth LE)、LTE-M/NB-IoT、およびGPSを使用するIoTデバイスの開発を支援するように設計されています。
整合回路設計
アンテナシステム設計で最も重要なのは、チップアンテナとIoTデバイスの送受信回路との間のインピーダンス整合回路です。整合回路の目的は、送信電源のインピーダンスをアンテナのインピーダンス(低電力IoT製品では通常50Ω)と整合させることで、送受信ロスを抑えることです。
技術的な課題は、適切な回路構成を設計するだけでなく、電圧源のインピーダンスをアンテナのインピーダンスと一致するように「変換」するために、適切なインダクタとコンデンサの値を選択することです。高品質なファクタ(Q)と厳しい公差の部品を使用することで、性能が向上します。単一の動作周波数帯、例えば2.4GHzの場合、設計は比較的簡単ですが、複数の周波数帯で動作するIoT製品の場合、整合回路は非常に複雑になります。
設計者を支援するために、Ignionのようなアンテナメーカーは、作業を容易にするためのソフトウェアを提供しています。設計者は、PCボードのサイズ、チップアンテナの選択、周波数帯域の要件、およびS11パラメータ(目標効率の指標となるシステムの反射係数)の知識に基づいて、Ignionのソフトウェアパッケージを使用して、整合回路を設計するだけでなく、S11パラメータの目標値に近づくために必要な部品の値を決定することができます。ソフトウェアの支援により、PCボードが十分に大きければ、完全なマルチバンドシステムの要件を満たすアンテナと整合回路を1つに組み込んだアンテナシステムを設計することができます。
しかし、PCボードが小さい場合(つまりグランドプレーンが小さい場合)、1つの整合回路を使ったマルチバンドのアンテナシステムはうまく機能しないことがあります。NordicのnRF6943で採用されている解決策の1つは、2つ以上の整合回路を組み込み、MCU制御のスイッチにより必要に応じてそれぞれに切り替えることです。これにより、すべての周波数帯域で性能が向上するという利点がありますが、1つの整合回路に比べてコストと複雑さが増すという欠点があります。それぞれの整合回路が単一の周波数帯域のインピーダンスを変換するだけでよく、わずか数個の部品で構成されるため、これらの欠点は、ある程度緩和さ れます。
図3は、NN03-310を3つの整合回路(Ignionではマッチングネットワーク(MN)と呼んでいます)を使って小型PCボード上のリファレンスデザインに使用した例を示しています。MNセクションa、b、およびcは、824~960 MHzおよび1710~1990MHzのセルラーバンドで動作するための整合回路を形成し、MNセクションdおよびeは、1561~1606MHzのGNSS周波数に適合し、MNセクションfは、2.4GHz(Bluetooth LEまたはWi-Fi)用の整合回路です。図4は、セルラー整合回路(MNセクションa、b、c)の設計と部品の値を示し、図5は、その設計全体のシミュレーション結果を示しています。
図3:NN03-310アンテナを使用したマルチバンド設計のリファレンス
デザイン(整合回路の位置の表示)です。( 画像出典:Ignion)
図5:NN03-310と整合回路の部品の値をIgnion設計ソフトウェアで計算し、図3に示したリファ
レンスデザインのVSWRと効率をシュミレーションした結果です。(画像出典:Ignion)
アンテナシステムの試験
整合回路のソフトウェアが、アンテナシステムの周波数特性や効率を正しく推定したとしても、実際の設計試作品をテストして、予測通りの輻射効率だけでなく、ほぼ無指向性であることも確認しなければなりません。
最初のテストは、50Ωのマイクロ同軸ケーブルをアンテナに接続し、PCボードの3、4ヵ所にアースをとり、そのケーブルをネットワークアナライザに接続することです。その結果、効率だけでなく、周波数特性や帯域幅もわかります。このテストによって、整合回路の部品に調整が必要かどうかがわかります。
Ignionは、NN02-220とNN03-310のアンテナ用の評価ボード(それぞれ EB_NN02-220-1B-2R-1PEB_NN03-310-M+5G)を提供することで、初期テストを容易にしました。いずれの場合も、評価ボードにはアンテナ、インピーダンス整合回路、接地された50Ωマイクロ同軸ケーブルが含まれています(図6)。
図6:Ignionのアンテナ評価ボードには、ネットワークアナライザに接続可能な接地
済み50Ωマイクロ同軸ケーブルが含まれています。(画像出典:Ignion)
設計者は、製品テストに移る前に、評価ボードをネットワークアナライザに接続し、同様の設計試作品から予想される周波数特性を把握することができます。
セルラーIoTデバイスの性能の最後のテストは、電波暗室で行う必要があります。これは設計の最終テストですが、ネットワークアナライザのテストでは現れない効率や無指向性の弱点が明らかになることがあります。このような弱点がある場合、組み込みアンテナの選択、アース銅箔の大きさや、アンテナからの距離の再設計、整合回路の見直しなどが必要になることがあります。
まとめ
多くのIoT製品は小型で複数の周波数で動作するため、アンテナの実装は難しい課題です。それぞれの周波数ごとに別々のアンテナや整合回路を用意するのは難しく、複雑さとコストが増加します。
組み込みアンテナは、1つのデバイスで複数の周波数に対応することで、スペースを節約することを可能にします。その代わり、グランドプレーンの大きさ、アンテナ部分のスペース、整合回路の設計がより難しくなります。しかし、組み込みアンテナのサプライヤは、実績のある設計アドバイスとソフトウェアモデリングツールを提供しており、設計サイクルを短縮することができます。このような支援を受けても、この設計作業は些細なものではありません。アンテナシステムの設計は、しばしば性能テストを繰り返し、アンテナや部品の配置を改良していくことになります。
著者について
Steven Keeping(スティーブン・キーピング)
スティーブン・キーピング氏はDigiKeyウェブサイトの執筆協力者です。同氏は、英国ボーンマス大学で応用物理学の高等二級技術検定合格証を、ブライトン大学で工学士(優等学位)を取得した後、Eurotherm社とBOC社でエレクトロニクスの製造技術者として7年間のキャリアを積みました。この20年間、同氏はテクノロジー関連のジャーナリスト、編集者、出版者として活躍してきました。2001年にシドニーに移住したのは、1年中ロードバイクやマウンテンバイクを楽しめるようにするためと、『Australian Electronics Engineering』誌の編集者として働くためです。2006年にフリーランスのジャーナリストとなりました。専門分野はRF、LED、電源管理などです。
出版者について
DigiKeyの北米担当編集者