熱電システムのモデリング

この記事は、ペルチェ素子としても知られる熱電モジュールTEM(thermoelectric modules)に関するシリーズの一部です。前回の記事では、TEMの基本的な機能と、製品資料に記載されている情報に基づいて、その動作を数学的に記述する方法の説明を行いました。今回の記事では、小型飲料クーラーや冷蔵庫を作るために、TEMを使用してシステムの熱モデルを開発する手順を説明します。物理システムのさまざまな部分がどのようにモデル化されるか、製品情報を使用してモデルの構成要素の値をどのように導き出すか、そして、前回の記事で開発された数学的TEMモデルとどのように組み合わせるかを示します。これによりシステムの性能と動作を計算で予測することができます。

熱モデリングに関する注意事項

多くの点で、電気は流体のように振る舞い、特に圧力を受けると流れる点で類似しています。電子の流れについて話すときは、その圧力を「電圧」と言います。熱エネルギーも圧力を受けると流体のように流れますが、この場合にはその圧力を「温度」と言います。これらの現象は非常によく似ているため、電気現象に使用される記号や解析技術は、実際の流体や熱の流れに関心がある場合に用いられることが多いです。しかしながら、シンボルの意味、つまりシンボルが表す物理量やプロセスは、電気的か熱的かによって異なります。熱電デバイスはその両方が混在しているため、度々混乱します。練習と慣れは別として、この混乱を抑えるための提案としては、電気的計算か熱的計算かを明確に意識し、計算や図表に使われる単位に細心の注意を払うことです。

混乱をやわらげるもう1つの方法は、モデル要素のラベルを、これまでの電気回路解析で使用されてきたものとは異なるものにすることです。例えば、ギリシャ文字のθを添え字として熱抵抗を表示します。熱抵抗が接続されているシステム内の箇所を添え字で示すのも一般的な方法です。例えば、TEMの高温側(Hot)と周囲(Ambient)との熱抵抗はRθHAと表示されます。

この資料は、特にTEMに関心のある方を対象としています。熱モデリングに馴染みのない人は、こちらのシンプルな例題の方がとっつきやすいかもしれません。またこちらで述べる絶対温度と相対温度との区別も、以下の議論の背景として重要な概念です。

図1: 熱モデリングのために電気シンボルを用いる場合、さまざまな物理量がどのように表示されるのかを示しています。

TEMについて

所定の駆動電流におけるTEMのヒートポンプ特性は、図3に示すように、抵抗と並列に接続された電流源としてモデル化することができます。モデルに数値を入力する段階になると、電流源QModの値は、所定の駆動電流(電気)のQmax値に設定され、抵抗値RθModは、Qmaxの熱「電流」を流したときに、同じ駆動電流(電気)に対するΔTmaxが得られるように選択されます。これらの値は、前回の記事の中で作成したデバイス動作曲線の式から直接得ることができます。

TEMへの入力電力は、電流源としてモデル化されます。その電流源は、熱モデルの「グランド」と、電流源と抵抗器との並列接続のプラス側とに接続されています。熱モデルを評価するとき、TEMに印加される実際の電力と等価な値がモデルに割り当てられます。その値はTEMに流れる電流と、結果として電流源の両端に現れる電圧との積に等しくなります。TEMを流れる一定量の電流に対して、結果として生じる電圧は、その高温側と低温側との温度差(ΔT)に依存します。ΔTに影響を与えるモデル要素の式にはΔTが表示されるため、手計算はかなり面倒となりますので、モデルを解くには回路シミュレータを強くお勧めします。


図2: CP85438 TEMの物理モデル

図3: TEM熱モデル

熱インターフェース

物理的な物質間の接触は、その物質間の不完全な接触により、それらの接触面を通過する熱エネルギー(熱)の流れを阻害します。熱伝導を改善するために何らかの熱インターフェース材料を使用することは、TEMアプリケーションでは標準的な方法です。このような材料の選択については、この記事で詳しく説明しています。この例では、Tpcm583材料の使用を仮定し、50 PSI(約345kPa)の締め付け圧力で0.08°C-cm2/wattの熱抵抗値を使用します。選択したTEMの表面積は片面が16cm2であり、高温側と低温側のTEMとの界面熱抵抗はそれぞれ約0.005°C/Wとなります。これらは、図6にそれぞれRθintHおよびRθintCとしてモデルに示されています。

図4: 熱インターフェース材料を用いたTEM

image
図5: 使用する熱抵抗値をハイライト表示したTpcm583のデータシートの抜粋


図6: 熱モデルへの界面熱抵抗の追加

ヒートシンク

それ自体では、熱電デバイスの限られた表面積は、周囲の環境との間で熱エネルギーを伝達するのにあまり効率的ではありません。ヒートシンクを使用して、熱伝導が発生する面積を大きくすると、システムの効率が大幅に向上します。これらの熱抵抗は、図8の熱モデルに、それぞれ、RθHA( Hot~Ambient)と、RθCRCold side~Refrigerated area)として追加されます。高温側、低温側共に、それぞれの界面熱抵抗と直列に接続されていることに注意してください。

この例では、Wakefieldの品番392-120ABをヒートシンクとして選択し、システムの高温側と低温側の両方に使用します。ヒートシンクのデータシートから、風量の変化が熱抵抗に大きな影響を与えることが分かります。自然対流の場合、熱抵抗は0.5°C/Wと表示され、毎分100ft3(170 m3/hr)の気流が強制的に供給されると、およそ0.16°C/Wに低下します。

この記事で詳しく説明しているように、指定された風量を提供する空冷ファンを選択するのは些細な問題ではありません。ファンには独自の動作曲線があり、特定のシステムと組み合わせて動作するポイントを特定することは、結局はある時点で経験則に基づくテストのようなもので終わることが多いです。この例では、ファンの品番AFB1212HHE-TP02を検討します。この空冷ファンは、公称入力電圧でおよそ4.8Wの電力を放散し(熱負荷を考慮する上で重要)、自然送風でおよそ120CFM(3.40m3/min)の風量を供給します。この特定のファンとヒートシンクの組み合わせが、約50CFM(1.42m3/min)の少ない風量しか生成しない場合には、強制送風の熱抵抗は、0.22°C/W近くまで上昇するでしょう。

この時点での図7のTEMの相対的なスケールに注意してください。両側のヒートシンクと比較すると、それはかなり小さいものです。この例で392-120ABヒートシンクを選択した理由は、実際に使用されているものよりもはるかに大きく、高性能であるためです。


図7: ヒートシンク(上部透明)。ヒートシンクとTEMとの相対的なサイズに注目してください。


図8: 熱モデルへのヒートシンクの追加

熱負荷

TEMアセンブリの熱リーク

TEMの高温側と低温側との熱リークは、TEM自体を通して起こりますが、TEMは通常、単独では使用されません。ヒートシンクのベース間の温度差はTEM自体の温度差とほぼ同じであるため、ヒートシンクが組み込まれたアセンブリにはさらなる損失が発生し、その損失は重大となる可能性があります。図9の熱モデルでは、この熱リーク要素(Hot 側からCold側へ)はRθHCとして表されます。

アセンブリに起因する損失の可能性の1つは、アセンブリを固定するために使用される締結部材を介して発生することです。機械的ストレスによる故障の可能性を低くするため、比較的大型のヒートシンクを使用する大型組立品では、それは一般的な固定方法です。2つのステンレス製#6ネジを使用して、締結部材がアセンブリ例のヒートシンクを16mmの距離に配置する場合、締結部材によって形成された高温側と低温側との経路の熱抵抗は、図11に示すプロセスによれば、およそ110°C/Wになります。締結部材の選択はかなり重要であり、それにより締結部材の熱伝導率が大きく異なるためです。

さらに、熱は高温側ヒートシンクと低温側ヒートシンクのベース間を流れる傾向があります。この隙間が断熱されていないままであれば、予測困難な対流現象によって熱リークが発生し、あまり良い結果にはならない可能性があります。この例では、4mmの隙間は、理論的に構築されるエンクロージャの壁と同じ厚さの、同じ発泡スチロール断熱材で充填されると仮定します。この熱リーク成分の計算結果を図12-14に示しますが、推定熱抵抗は10.4°C/Wです。平行する締結部材の熱リークと合わせると、RθHCの推定値は9.5°C/Wとなります。


図9: 熱電アセンブリを通る一般的な熱リーク経路


図10: 熱モデルへのTEMアセンブリの熱リークの追加

締結部材による熱リーク

この例では、アセンブリを保持するために使用される締結部材は、使用される締結部材の谷径(ネジ山を除いた直径)に等しい直径を有する円柱としてモデル化することができます。表示された長さは、TEMの厚さと固定される部品の形状によって決まります。

標準規格の締結部材の寸法情報と各種材料の熱特性は、Machinery’s Handbookなど、種々の参考資料から入手できます。ステンレス鋼は、一般的な構造用金属の中で最も熱伝導率が低く、その熱伝導率は14W/m°Cのオーダーです。ステンレス鋼はその良好な耐食性とともに熱伝導率が低く、結露による水分の影響が懸念されるような場所に用いる場合、締結部材として魅力的な選択肢です。炭素鋼を使用した場合、熱リークはステンレス鋼の2~3倍になり、これに対して、アルミニウムやアルミニウム合金を使用した場合、熱リークはステンレス鋼の10~15倍になると予想さ れます。


図11: 採用した締結部材の熱抵抗の推定

断熱材による熱リーク

建材の断熱性能は一般的に熱抵抗R値で規定され、これは断熱製品の単位面積当たりの熱抵抗を表しています。ここでも、他の領域と同様、米国の慣習的な測定システムは、他の国で採用されているものと異なっています。米国では、R値は一般的にhrft2°F/Btuの単位で見積もられ、これは対応するメートル法の単位である°C*m2/Wの約5.7倍の数値となります。一般的にR値は、販売されている状態の断熱製品の熱的特性を示しています。そのため、厚さが2倍の製品は、薄い製品の約2倍のR値を示すことになります。しかし、単位厚さあたりの材料自体の熱伝導率は(一次近似的に)一定であり、最終的な製品の厚さとは無関係です。実際の状況における熱抵抗を計算するには、提示されたR値を熱伝導が発生する面積で割る必要があります。今回のように、ある断熱製品の提示されたR値を使用して、異なる厚さの同じ材料の熱抵抗を推定する場合、提示されたR値もそれに応じて調整する必要があります。

発泡スチロール断熱材は、厚さ1インチ(25.4mm)あたり約5hrft2°F/Btuまたは0.88 °Cm2/Wの熱抵抗R値を示すと一般的に言われています。4mmの厚さであれば、この数値のおよそ6分の1であり、この例ではヒートシンクベースで囲まれた面積からTEMで覆われた面積を差し引くと、約0.0134m2となります。ヒートシンクのベース間の熱リークに対する熱抵抗は、図12~14に示す計算により、約10.4°C/Wと見積もることができます。

R値は熱抵抗率に関係し、これは、本質的には熱伝導率の逆数であることに注意してください。どのような場合においても、数値が大きい方が「より良い」かどうかは、逆数関係のどちらの数字をとるか、また、熱エネルギーを伝達することが目的か、伝達を防ぐことが目的かによって全く異なります。熱電応用の場合、熱抵抗率と熱伝導率が、熱伝導を目的とする場面と断熱を目的とする場面の両方で使われる可能性があり、混乱が生じるもう1つのきっかけとなります。計算全体を通して単位を保持することは、このようなことから生じるエラーを避けるのに非常に役立ちます。


図12: ヒートシンクの高温側と低温側の間の断熱材の形状

図13: Owens Corning®のFoamular®150 データシートからの抜粋です。この材料は、住宅建築で一般的に使用される硬質発泡スチロール断熱材です。表示されている値は、材料の厚さのインチあたりの値です。

image
図14: モデル化されたTEMアセンブリの断熱材を通した熱リーク抵抗の推定値

エンクロージャによる熱リーク

冷蔵スペースの周囲のエンクロージャは、TEMの取り付けられた断熱材の面積を差し引いて、厚さ1インチの発泡スチロールの断熱材で形成され、一辺が約12インチ(0.3m)の立方体としてモデル化されます。断熱材の厚みは、熱伝導面積を決定する上では無視できるものとして扱われます。このモデルでは、断熱材の厚さがエンクロージャ全体の寸法の1/6未満であれば最終結果に殆ど影響を及ぼしませんが、この単純化ではそれを超えると最終結果の精度に影響が出始める可能性があります。しかし、開発中のモデルには他の誤差要因も存在するため、このような解析から最終的に得られる結果は、正確な計算ではなく、単なる情報に基づく推定に過ぎないことを理解してください。図15は、冷蔵スペースのエンクロージャの寸法と、その壁を通る熱抵抗を1.63°C/Wと見積もった計算結果を示しています。これは図16の熱モデルにおいてRθARとしてモデルに追加されています。

図15: エンクロージャの寸法と熱抵抗の推定値

図16: ケースの熱抵抗を追加したシステムモデル

内部放熱

冷蔵スペース内の何らかのデバイス(この例では空冷ファン)に印加される電力は、何らかの電気信号または光信号などの他の手段を通じて冷蔵スペースから流出することがない限り、完全に熱形態に変換されるとみなす必要があります。熱モデル上では電流源QIntとして表され、その値は、選択された空冷ファンの仕様に従って、この例では4.8Wとされる低温側空冷ファンに印加される電力に等しく設定されます。あまり一般的ではありませんが、冷蔵スペース内で発生する化学反応などの他のプロセスも熱を放出(または吸収)する可能性があり、これを考慮する必要があります。

アセンブリの外側にある空冷ファンは、図18のモデルでは表現されていないことに注意してください。これは、冷蔵スペースから放出された熱と電気形式で加えられた熱が最終的に捨てられる周囲の環境にあるためです。小型冷蔵庫のようなデバイスを設計する場合、周囲環境は一般的に無限の熱蓄積体に近似します。それは、ある温度または想定される温度の物体で、その温度に変化を与えることなく、任意の量の熱エネルギーを移動させることができるものです。周囲環境は、図20の完成モデルでは電圧源TAとして示されています。デバイスが置かれている周囲環境を無限の熱蓄積体として近似することは、より大きなシステムの場合は、合理的にシンプルにそう言える場合もあれば、言えない場合もあることを認識すべきです。モデル化されているアセンブリが小さなクローゼットのような密閉された空間に置かれていた場合、印加される電力によって周囲温度が上昇する可能性があります。

図17: エンクロージャに取り付けられたTEMアセンブリ

図18: 内部放熱が追加された熱モデル

熱蓄積

定常状態での性能を推定するのに必要ではありませんが、システムの構成要素や内容物の熱蓄積容量を考慮することで、システムが動的な状況でどのように振る舞うかについての洞察を得ることができます。物理相の変化がない場合(水の凍結など)は、部品の質量とその部品材料の比熱値を考慮するだけで見積もることができます。このような値の表は、材料特性表や多くの熱力学の教科書に掲載されています。この種の熱蓄積体はコンデンサとしてモデル化することができ、熱モデル内のノードと、この例では絶対零度として選択したモデルの「グランド」との間に接続します。このようなモデルにおける熱容量の値は、一般的に電気的なものよりもはるかに大きくなります。キロファラッドのコンデンサが一般的でない電子機器に慣れ親しんでいる人々にとっては不安かもしれませんが、これはまったく普通のことです。

この例では、米国標準サイズの12パック(12液量オンス、355ml)のお気に入りの水性飲料を使用し、純水としてモデル化します。質量を考慮すると、ヒートシンクも考慮する価値があり、純粋なアルミニウムとしてモデル化され、全体で一定の温度を維持すると仮定されます。このような仮定はもちろん間違っていますが、ヒートシンクの影響を完全に無視するよりはましです。

これらの仮定や単純化を行うと、データシートに記載された重量に基づく高温側および低温側のヒートシンクは、それぞれ約1.8kJ/°Cの熱容量を示し、図20ではそれぞれCθHotおよび CθColdとして表されています。12個パックの場合、およそ18kJ/°CでCθBevと表示されます。

また、この段階で、システムの動作環境の周囲温度もモデルに追加されます。この温度は、「グランド」と高温側ヒートシンクの熱抵抗の間に接続された電圧源TAとして表されます。理想的な電圧源は、その両端電圧の変化なしに、いかなる大きさの電流の掃き出しと吸い込みをすることができます。熱モデルの類似性は、温度の変化なしに、いかなる大きさの熱エネルギーをもシステムの周囲に伝達し、もしくは、周囲から伝達してくることができるという仮定です。

図19: ヒートシンクとクーラーの内容物の熱容量を計算し、完成したシステムモデル

図20: 完成したモデルです。追加したコンデンサはクーラーの内容物とヒートシンクの蓄熱能力を表し、電圧源はクーラーが動作している周囲環境の温度を表します。

シミュレーション結果

上記で開発した熱モデルは、Analog Devicesから無償でダウンロードできる回路シミュレーションプログラムLTspiceを使用して解析しました。風量の違い、TEMと低温側ヒートシンクの間に0.5インチ(1.27cm)厚のアルミスペーサーを追加した場合、異なる締結部材を使用した場合、製品のデータシートに記載されている値よりも高い界面熱抵抗を使用した場合、アセンブリの低温側のファンを省略した場合など、いくつかの異なるケースで検討を行いました。図22に示す同じ基本回路構造をそれぞれ使用し、異なる状況を表現するために部品の値を調整しました。異なるケースで検討し、異なるモデル要素の値のまとめを図21に示します。

図21: シミュレーションに使用したモデル要素の値のまとめ

図22: LTspiceによる回路モデル

風量と駆動電流が変化する標準アセンブリで、低温側スペーサーの有りと無し

図24は、いくつかの異なるケースについて冷蔵スペースの定常温度を計算したもので す。このグラフの横線(水平線)は、装置が設置されている部屋の周囲温度を示しています。実線は、上記で開発したシステムの実測値を示し、破線は、図23に示すように、TEMの低温側とそれぞれのヒートシンクの間にアルミニウム製スペーサーブロックを追加した場合の計算結果を示しています。これらの値は、モデル化されたシステムによる冷蔵スペースの、実現可能な最低温度を示しています。システム始動後、これらの温度に到達するのにかかる時間の長さについては別の問題であり、後ほど説明します。

これらの結果から、注目に値する多くの知見が得られます。まず、おそらく最も重要なことですが、最大定格駆動電流8.5Aでの動作は、どの場合においても最適な冷却結果をもたらしません。約5.1Aを超えると、TEMへの駆動電流を上げても、より低い駆動電流での運転に比べて冷蔵スペースの 温度上昇が予想されます。空冷ファンなし(自然対流)の場合、駆動電流を最大にしても冷却効果は全く期待できず、むしろ「冷蔵」スペースの温度が周囲温度に対して上昇することが予想さ れます。このモデルに採用したヒートシンクは、1個でおよそ2kgと、かなり重く、余裕のあるサイズであることを心に留めておいてください。

もう1つは、アセンブリの低温側にアルミニウムのスペーサーを追加すると効果が得られることです。そうすれば、締結部材の長さを長くし、高温側と低温側のヒートシンクの間の断熱層を厚くすることで、アセンブリ自体の内部で発生する熱リークを抑制します。この変更により、達成可能な冷却効果が全体で1~2°C向上し、検討した各条件でおよそ5%の性能向上が見られます。

image

図23: 0.5インチ(12.7mm)低温側スペーサーを含むTEMアセンブリの断面図


図24: 0.5インチの低温側スペーサーの有無による、3つの風量レベル、5つのドライブ電流レベルのシミュレーション結果

締結部材の材料選択の効果

図25には、アルミニウム製の低温側スペーサーブロックを使用した場合としなかった場合の、3種類の締結部材の材料に対する冷蔵スペースの定常温度の予測結果が示されています。ステンレス鋼、(炭素)鋼、アルミニウムの締結部材が、炭素鋼の熱伝導率を50W/m°Cとしてモデル化されています。

このケースでは、炭素鋼とステンレス鋼の使用による差はあまり顕著ではなく、スペーサーブロックの使用による差よりも小さくなります。これらのケースでは、締結部材の熱リークはTEMへの熱負荷の主な原因ではないため、締結部材の熱リークをおよそ3倍変えても、達成可能な冷却効果にそれほど顕著な影響は生じません。しかし、アルミニウム製締結部材を使用すると、その経路からの熱リークが他の熱負荷に比べて大きくなり、達成可能な冷却効果の2~3°Cのオーダーの損失となり、スペーサーブロックを使用しないでスチール製締結部材を使用した場合に相当します。冷蔵スペースがより断熱され、締結部材の熱リークが他の熱負荷と比較してより顕著である場合、材料選択の影響はより顕著になります。

図25: 低温側スペーサーを使用した場合と使用しなかった場合における締結部材選択の影響を示すシミュレーション結果

界面熱抵抗の効果

図26は、上記のモデル(100CFMエアフロー、ステンレス鋼の締結部材、スペーサーなし)で界面熱抵抗を0.005°C/Wから0.05°C/Wに増加させた場合のシミュレーション結果を示しています。このような変化は、突合せ面の過度の表面粗さや非平坦性、不十分な締め付け圧力、熱インターフェース材料の不適切な使用など、さまざまな要因によって生じる可能性があります。駆動電流が5.1Aのレベルで、そのような変化は、正味冷却効果の約3°C分の変化が予測されます。これは、冷蔵スペースと周囲環境との間の達成可能な温度差の約10%に相当します。

熱インターフェース材料の選択と使用に関する詳しい情報は、このページをご覧ください。

図26: 風量100CFM、スペーサーなしにおける達成可能な冷却効果に対する界面熱抵抗の影響

より小型のヒートシンクの効果

熱電モジュール(TEM)の使用について論じた様々な非公式のオンライン資料の多くでは、デモ用に選択されたヒートシンクの熱抵抗について言及されているとしても、ほんの一部だけです。そして、ヒートシンクの選択は、手頃なサイズであること、スペアパーツの引き出しから簡単に取り出せること、あるいは入手可能な材料から手っ取り早く作り出せることなどに基づいていることが多いようです。このような場合、デバイスの低温側に655-53ABをエポキシで接着し、もう一方に394-1ABを接着するようなものが見られるかも知れません。このようなアセンブリは図27のようになり、間違いなく図7のアセンブリよりも均整が取れているように見えます。このような一見「適切なサイズ」のヒートシンクは、どのような性能を提供するの でしょうか?

データシートから強制対流を伴う熱抵抗をそれぞれ2°C/Wと0.9°C/Wとし、高温側と低温側のヒートシンク間のリークを一切無視し(モデルではRHCを切断)、低温側のファンに印加される電力も無視すると、シミュレーションは図28に示すような特性曲線を示します。このようなゆとりのある仮定を用いても、5.1Aを少し上回る駆動電流では、モデルの「冷蔵」スペースが周囲の環境よりも暖かくなってしまいます。

図27: 小型ヒートシンクを使用したTEMアセンブリのモデル

経験上、非公式な立場からTEMを使用しようとする多くの人は、このような結果に驚くことが多いようです。これは、この装置が「冷やす」という期待からきているようです。それよりも温度差を生じさせると理解するほうが、おそらくより正確です。特に電気入力が高温側を熱くするという考え方と併せて考えると、より正確かもしれません。この「高温」を周囲温度より低く保てれば保てるほど、アセンブリの低温側で周囲温度より低い温度を得られる可能性が高まります。もしTEMが、与えられた電気入力に対して最大50°Cの温度差を発生させることができても、その電気入力が、与えられたアセンブリに対して高温側を周囲温度より60°C暖める原因になるとしたら、どうなると思いますか?TEMの「低温」側は、そうでなかった場合よりも10°C暖かくなってしまいます。その代わりに、適切な熱管理によって高温側を周囲温度より20°C高く保てば、低温側の温度を周囲温度より30°Cも低くすることができます。

図28: ヒートシンク品番655-53ABと394-1ABを使用したモデル化システムの冷蔵スペースの予測定常状態温度

動的振る舞い

ここまでのところ、シミュレーション結果の議論は、定常状態の温度、つまりすべてが落ち着き、安定した動作状態に達したときに得られる温度に焦点が当てられており、そのような状態に達するまでにどれだけの時間が必要なのかについては、これまでほとんど言及されてきませんでした。この問題を図に示します。0と1の間で切り替わる任意の電圧源をシミュレーションモデルに追加し、その値を電流源の式に含めることで、TEMとファンへの電力をオンオフする(大まかな)シミュレーションが可能になります。モデル化したシミュレーションは、低温側スペーサーを使用した風量100CFM、駆動電流5.1A、良好な熱インターフェースを想定しています。シミュレーション回路の電圧値は、絶対温度によります。摂氏の温度に変換するための273.15°の補正は、それぞれのプロットに組み込まれており、(おそらく)より直感的に摂氏温度を読み取ることができます。

最終的に、この場合の冷蔵スペースの温度は約-4°Cになると予測されています。22°C(295K)のスタート地点から予測値の近辺にまで到達するには、20,000秒、約5時間半の時間が必要です。まったく使えないわけではありませんが、お気に入りの水性飲料のケースを冷やすには、もっと便利な方法があるはずです。予測される定常状態の温度に近づくには(数分の1度以内)、およそ60,000秒、16~17時間くらいかかります。

しかしながら、このモデルにはいくつかの問題があります。第1は、冷却システムが停止したときに、冷蔵された飲料が早く室温に近い、ぬるく、美味しくない状態に戻るのではないかと悲観的です。これは、ヒートシンクに関する対流係数が、空気の流れがない場合の効果の変化を反映するように変更されていないからです。第2に、氷点下の最終温度を予測しているものの、水を液体から固体に変化させるのに必要な(かなりの)余分な熱エネルギーの抽出を考慮していません。お気に入りの水性飲料がスラッシーであった場合、モデルは冷凍サイクル開始から十分味わえるようになるまでの時間を短く予測することになります。

水性飲料のケースからの熱伝導は、無視できる程度の熱抵抗を持つと仮定しています。これは明らかに事実ではありませんが、数時間の時間スケールでは、推定の目的のために合理的な単純化となる可能性が高いです。少なくとも、冷蔵スペースの空気量が1秒に1回のオーダーで循環している強制対流の場合には、合理的な推定方法であると思われます。しかし庫内の自然対流を利用する場合、冷凍時間が大幅に延長されることがあります。

図29: スペーサーなしで、風量100CFMの強制対流の場合の過渡シミュレーションモデルと結果

まとめ

読者の中には、ここで紹介されている概念や技術の多くが、さまざまな理由で受け入れ難く、理解するのが難しいと思われる方もいらっしゃるかもしれません。このようなツールを理解するために時間をかけることは大いに推奨されますが、冷却目的でTEMを使用したいと望む人にとって、2つの重要な考え方が特に重要です。

  1. 高温側をできるだけ冷たく保つことが必要ですが、そのようにするには思っているよりも抜本的な対策が必要になる可能性があることを認識してください。
  2. 最良の結果は、通常、最大定格電気入力の20〜40%を使用することにより達成されます。




オリジナル・ソース(English)