高電圧システムにおける電源ラインと信号ラインのガルバニック絶縁の実装方法

著者 Jeff Shepard
DigiKeyの北米担当編集者
2023-01-27

ファクトリオートメーションのようなインダストリー4.0システムやモータ駆動を含む、さまざまな高電圧アプリケーションの電源ラインや信号ラインでは、デバイスやユーザーを確実に保護することが求められます。これは、電装品や電気自動車(EV)、医療システム、試験・計測アプリケーション、太陽光発電システムや送電網インフラなどのグリーンエネルギーシステムにも及んでいます。このような保護を実現するためには、何らかの絶縁が必要です。

設計者にとっての大きな課題は、絶縁機構がコンパクトで、効率的で、コスト効率に優れ、しかも双方向の信号伝送と電力転送を確実にサポートできるようにすることです。絶縁機構は高電圧からオペレータの安全を確保し、信頼性の高いシステム動作を保証しなければならないため、絶縁デバイスは国際電気標準会議(IEC)のIEC 60747-5やIEC 60747-17などの規格に適合することが求められます。

オプトカプラやトランスを使用した従来のガルバニック絶縁のアプローチは、IEC規格を満たすことはできますが、アプリケーションによっては限界があります。双方向の信号伝送を行いながら、より確実にデバイスやユーザーの保護要件を満たすには、静電容量技術や磁気技術を使用したガルバニック絶縁が必要です。

この記事ではガルバニック絶縁について簡単に紹介します。次にIEC規格を概観し、静電容量技術と磁気技術を統合してガルバニック絶縁を実装する方法を見ていきます。静電容量方式と磁気方式を組み合わせた汎用アイソレータなど、Texas Instrumentsのガルバニック絶縁ソリューションの例を紹介します。また、設計プロセスを高速化する評価ボードについても説明します。

ガルバニック絶縁の役割

ガルバニック絶縁は電子・電気システムの機能セクション間の電流通過を阻止しますが、セクション間のアナログおよびデジタル信号と電力の伝送をサポートします(図1)。ガルバニック絶縁は次のような場合に有効です。

  • 接地電位が異なる機能セクションの接続
  • グランドを共有する機能セクション間の電流の流れを止めることによる、グランドループの遮断
  • 高電圧セクションにおける感電の危険性からの作業者保護

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図1:ガルバニック絶縁により、データや電力の伝送は可能になりますが、絶縁された
セクション間の接地電流は流れません。(画像提供:Texas Instruments)

絶縁の種類と選択

絶縁にはいくつかの種類があり、磁気絶縁および静電容量絶縁に関するIEC 60747-17、オプトカプラに関するIEC 60747-5-5のように、それらの使用を規定するさまざまな国際規格があります(表1)。

  • 機能または動作絶縁はシステムの適切な動作を保証できますが、ユーザーを高電圧から保護するものではありません。安全規制の対象外です。
  • 基本絶縁は、安全規制の中で最も単純な絶縁形態です。感電からユーザーを守ることができますが、もし故障した場合、ユーザーは高電圧にさらされる可能性があります。
  • 補助絶縁は基本絶縁の上にレイヤを追加します。基本絶縁が故障した場合にユーザーを高電圧から保護します。
  • 二重絶縁は、独立したタイプの絶縁ではありません。これは、基本絶縁と補助絶縁の両方を使用することを指します。 しかし、ほとんどの規格や安全に関する文書では、二重絶縁を絶縁の一種としています。
  • 強化絶縁は、二重絶縁と同等の保護を提供する単一絶縁システムです。強化絶縁の性能要件と試験要件は、基本絶縁や補助絶縁よりも厳格です。

表1:強化絶縁の試験と動作要件は、基本絶縁よりも厳しく
なっています。(表提供:Texas Instruments)

オプトカプラはガルバニック絶縁の目的で広く使用されていますが、信号ラインにしか使用できず、非効率な傾向があり、一方向にしかデータを送信できず、帯域幅の制限があります。オプトカプラの帯域幅は、LED駆動回路やアンプを追加することで改善できますが、その結果、コストが高くなり、消費電力も増加します。トランスを使用して磁気絶縁を行えば、電源ラインや高速信号ラインに効率的なソリューションを提供できますが、ディスクリートトランスは大きく、コストがかかります。

ガルバニック絶縁の要求を確実かつ効果的に満たすために、設計者はIEC絶縁規格に適合する静電容量絶縁と磁気絶縁の統合ソリューションを利用することができます。 静電容量式アイソレータはアナログ信号と高速双方向データ伝送をサポートしますが、電力伝送能力は限定的です。統合磁気アイソレータは高速データの双方向伝送とより高いレベルの電力伝送をサポートします。

絶縁特性

絶縁電圧、動作電圧、コモンモード過渡耐性(CMTI)は、アイソレータの3つの重要な特性です。絶縁電圧は、アイソレータに短時間、安全に印加できる最大電圧を規定します。動作電圧は長期的な電圧で、その間アイソレータが使用されるように設計されています。

CMTIとは、絶縁された2つの回路間に印加されるコモンモード電圧の過渡現象のうち、絶縁バリアを介したデータ伝送に悪影響を与えずに耐えられる過渡現象の最大スルーレートのことです。CMTIはキロボルト/マイクロ秒(kV/μs)またはボルト/ナノ秒(V/ns)で規定されます。絶縁されたグランドプレーン間の静電容量は、過渡エネルギーがバリアを越えてデータや波形を破損する経路になります。CMTIが高いということは、システムが堅牢であり、高速過渡現象にさらされても両方の側が仕様内で動作することを示しています。CMTIが低いと、歪み、情報の欠落、ジッタ、その他の信号欠落の問題が生じます。CMTIが100V/ns以上であれば、高性能なアイソレータです。

電気的仕様に加え、アイソレータは空間距離と沿面距離に関する機構的要件を満たさなければなりません。空間距離とは、空中を介して隣接する導体間の距離であり、沿面距離とは、パッケージ表面を通る導体間の距離です。

様々なパッケージのスタイルやサイズによって、沿面距離や空間距離の性能は異なるレベルになります。成形材料の選択と必要な絶縁耐力を持つ絶縁材料の使用も絶縁定格を決定する要因です。一般的に使用される材料の絶縁耐力は以下の通りです。

  • 空気:約1VRMS/μm
  • エポキシ:約20VRMS/μm
  • シリカ入り成形材料:約100VRMS/μm
  • ポリイミドポリマー:約300VRMS/μm
  • 二酸化ケイ素(SiO2):約500VRMS/μm

ガルバニック絶縁技術

オプトカプラはLEDを使用し、誘電体絶縁物を介してアナログまたはデジタル信号をフォトトランジスタに伝送します。前述の通り、一方向デバイスです。オプトカプラに使用される一般的な絶縁材料には、空気、エポキシ、成形材料などがあります。これらの材料は絶縁耐力が比較的低いため、所定の絶縁レベルを達成するためには、LEDとフォトトランジスタ間の物理的距離を大きくする必要があります。

静電容量絶縁はSiO2絶縁バリアを使用します。SiO2は高い絶縁耐力を持ち、ほとんどのエポキシやモールドコンパウンドに比べ、極端な温度の湿気にさらされても安定しています。静電容量絶縁では、オンオフキーイングや位相シフトキーイングのような様々な変調技術を使用して、AC信号をバリア越しに伝送します。静電容量絶縁はコンパクトで高速信号を双方向に伝送できますが、電力伝送能力は非常に限られており、通常は100マイクロワット(μW)未満です。

磁気アイソレータは、絶縁バリアを通して信号と電力を伝送することができます。これらのアイソレータの中には、数百ミリワット(mW)の電力を伝送できるものもあり、二次側のバイアス電源の代用ができます。磁気アイソレータは、空芯またはフェライトコアを使用できます。フェライトコアはより大きい電力を扱うことができます。必要な電力が約100mW以下の場合、空芯はより低コストでシンプルなソリューションを提供できます。3つの技術はそれぞれ、信号伝送と電力伝送の異なる組み合わせに対応しています(図2)。

図2:オプトカプラ(A)は信号のみを伝送することができ、容量性アイソレータ(B)は
信号と限られた量の電力を伝送することができ、磁気アイソレータ(C)は信号だけで
なく、より大きな電力レベルも扱うことができます。(画像提供:Texas Instruments)

電源と信号の絶縁

Texas InstrumentsのISOW7841FDWERは、最大650mWの絶縁電力と、100メガビット/秒(Mbps)の伝送速度に対応する4チャンネルの絶縁信号を必要とする設計者に最適です。この汎用デバイスの絶縁定格は5キロボルト二乗平均平方根(kVRMS)で、最小CMTIは±100kV/µsです。信号チャンネルにはSiO2絶縁を、オンチップ電源トランスには薄膜ポリマー絶縁を採用しています(図3)。ISOW7841EVM評価ボードは、設計者が絶縁システムでデバイスの性能を評価し、市場投入までの時間を短縮するのに役立ちます。

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図3:ISOW7841FDWERは電源トランス(上)にポリマー絶縁を、
信号チェーン(下)にSiO2絶縁コンデンサを採用しています。
(画像提供:Texas Instruments)

車載用絶縁型DC/DC

5kVRMS絶縁で500mWを必要とする車載システムは、Texas InstrumentsのAEC-Q100認定品UCC12051QDVERQ1を使用できます。最小CMTIは100V/ns、サージ耐量は10kVpeak、動作電圧は1.2kVRMSです。 内部発振器にスペクトラム拡散変調を採用し、最適化された内部レイアウトにより放射を最小限に抑えています。低電圧ロックアウト、サーマルシャットダウン、イネーブルピン、同期機能を備え、5.0または3.3ボルトの直流(VDC)出力を供給します。

UCC12050EVM-022評価ボードでは、イネーブル/ディセーブル機能のテスト、外部クロックソースへの同期、外部クロック障害の検出、および出力電圧の選択が可能です。リップルおよび過渡応答測定用のテストポイントを備えています。このボードは、定格絶縁をサポートし、良好な電磁干渉(EMI)性能を提供するレイアウトの例として役に立ち、システム統合を簡素化することができます(図4)。

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図4:UCC12050EVM-022評価ボードは、UCC12051QDVERQ1絶縁型
DC/DCコンバータICの評価を迅速化するだけでなく、システム統合の
ための推奨レイアウトを提供します。(画像提供:Texas Instruments)

容量絶縁型CANトランシーバ

1Mbpsの信号速度と50kV/μsのCMTIを持つCAN(Controller Area Network)トランシーバが必要なアプリケーション向けに、Texas Instrumentsは5kVRMSの絶縁定格を持つISO1050DWRと、2.5kVRMSの定格を持つISO1050DUBを提供しています。これらのトランシーバは、ISO 11898-2の高速CAN動作の仕様に適合しています(図 5)。これらのトランシーバは、-55~105°Cの動作に対応し、-27~40Vでの過電圧、クロスワイヤ、および接地損失保護、また過熱シャットダウン、および-12~+12Vのコモンモード範囲を備えています。

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図5:絶縁型ISO1050DWRおよびISO1050DUBトランシーバは、高速CAN動作の
ためのISO 11898-2に適合しています。(画像提供:Texas Instruments)

入出力接続と主要性能測定用テストポイントを備えたISO1050EVM評価モジュールは、車載システムへのこれらのデバイスの統合を加速することができます。

絶縁型RS-485/RS-422トランシーバ

5kVRMS絶縁の500キロビット/秒(kbps)RS-485/RS-422トランシーバを必要とするシステムは、Texas Instrumentsの半二重ISO1410BDWRまたは全二重ISO1412BDWRから選択できます(図6)。SiO2絶縁バリアは、大きな接地電位差があっても確実なデータ転送をサポートします。これらのトランシーバは、-40~125°Cの動作定格に対応しています。バスピンは、高レベルの静電気放電(ESD)および電気的高速過渡現象(EFT)に耐えるように設計されており、保護部品を追加する必要はありません。

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図6:全二重のISO1412BDWR(上)と半二重のISO1410BDWR(下)は500kbpsの
伝送速度をサポートし、5kVRMSの絶縁が特徴です(垂直破線)。
(画像提供:Texas Instruments)

設計者はISO1410DWEVMISO1412DWEVM評価ボードを使用して、様々なシステムパラメータを評価できます。テスト信号とシーケンスを適用し、伝搬遅延、消費電力、さまざまなバスとドライバの状態などの性能特性を評価することができます。

まとめ

高電圧のインダストリー4.0、自動車、医療、グリーンエネルギー、その他のシステムの設計者は、サイズ、コスト、信頼性の要件と関連する安全規格を満たしながら、デバイスとユーザーの両方を保護するためにガルバニック絶縁を必要としています。この記事で説明してきたように、電源ラインと信号ラインにおける静電容量絶縁と磁気ガルバニック絶縁は、コンパクトで高性能なソリューションを生み出すことができます。これらの絶縁技術はCMTIが高く、IEC 60747-17の強化絶縁の要件を満たしています。

推薦図書

  1. How to Select the Right Galvanic Isolation Technology for IoT Sensors

  2. CANバスの信頼性の高い動作のための電源と信号の絶縁の実装方法



著者について


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Jeff Shepard

Jeff Shepard氏は30年以上にわたり、パワーエレクトロニクス、電子部品、およびその他の技術トピックについて執筆しています。同氏はEETimesのシニアエディターとしてパワーエレクトロニクスに関する執筆を開始しました。その後、パワーエレクトロニクスの設計専門誌『Powertechniques』を創刊し、世界的なパワーエレクトロニクスの研究・出版会社であるDarnell Groupを設立しました。その活動の一環として、Darnell Groupは『PowerPulse.net』を発行し、世界のパワーエレクトロニクスエンジニアリングコミュニティに日々のニュースを提供しています。Prentice HallのReston部門から出版された『Power Supplies』というスイッチング電源の教科書の著者でもあります。

Jeff Shepard氏は、大出力 スイッチング電源のメーカーであるJeta Power Systemsの共同設立者でもあります。その後会社は、Computer Productsに買収されました。Jeffは発明家でもあり、熱エネルギーハーベスティングと光メタマテリアルの分野で17件の米国特許を取得しています。Jeffは、パワーエレクトロニクスの世界的動向に関する情報発信者であり、頻繁に講演を行っています。カリフォルニア大学で定量方法論と数学の修士号を取得しました。

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