産業環境におけるRS-485バスの保護方法

著者 Art Pini
DigiKeyの北米担当編集者の提供
2019-09-17

エレクトロニクスとそれに接続されたシステムは、現代の産業複合体にとってますます不可欠な要素となっていますが、その環境は依然としてエレクトロニクスにとって好ましくありません。大電力モータ、大型リレー、ソレノイド、アクチュエータ、および同様のデバイスは電磁界を発生させ、高電圧の静電気放電(ESD:electrostatic discharge)、高速の過渡現象、誘導結合サージ、さらには雷も日常的に発生します。そのため伝送距離が長いRS-485のようなシリアルバスでは、安定性と信頼性を維持するために特別なツールが必要です。

RS-485はTIA/EIA-485(TIA:Telecommunications Industry Association、EIA:Electronic Industries Alliance)とも呼ばれる非同期シリアルデータバスで、その4000フィート(約1.2km)の到達距離は工場フロアの設置に適しており、実質的に産業用アプリケーションを意図したものでした。産業用システムは堅牢性が命なので、RS-485固有の堅牢性にもかかわらず、設計者はシリアルバスの安定性と耐久性を確保するために先手を打つ必要があります。特に、プロセスが正確なデータと絶え間ないフィードバックにますます依存するようになってきているからです。

これらの対策には、シールドケーブル、過渡サプレッサダイオード、ESDおよび耐サージトランシーバ、信号プリエンファシスへの十分な配慮が含まれます。この記事では、既存の電磁両立性(EMC:Electromagnetic Compatibility)基準を満たし、過酷な環境でも信頼性の高いデータ通信を実現するために、これらの保護ソリューションや保護技術を採用する方法について見ていきます。

産業環境における電子機器への脅威

産業環境で使用される電子機器に対する電磁干渉(EMI:Electromagnetic Interference)の脅威には、3つの主要なタイプがあります。ESD、電気的ファストトランジェント(EFT:electrical fast transient)、および電気的過渡サージです。ESDは一般的に、人体との相互作用や、摩擦電気効果によって発生する電荷のデバイスへの移動に関連しています。ESDは最もエネルギーの低い過渡現象です。EFTはリレーの接点バウンスや誘導負荷の遮断によるもので、過渡サージは落雷、モータ負荷、ホットプラグ事象、短絡回路などの大規模な遮断によるものです。サージは一般的に最も高いエネルギーの過渡現象を引き起こします。

設計者は、このようなEMCの脅威が存在する中で、産業用機器の堅牢性と信頼性を試験するための一連の関連国際規格に支えられています。国際電気標準会議(IEC:International Electrotechnical Commission)は、EMCに関するIEC 61009-4シリーズ規格を作成し、維持しています。規格は以下の通りです。

  • IEC 61000-4-2はESDに対するイミュニティ(耐性)に関する規格
  • IEC 61000-4-4はEFTに対するイミュニティに関する規格
  • IEC 61000-4-5は過渡サージに対するイミュニティに関する規格

これらの規格はそれぞれ、機器が関連するEMCの脅威に耐えられることを保証するための試験を規定しています。各試験では、特定の波形をバースト的に印加し、指定された種類の事象をシミュレーションします。個々の波形に関連する電力はさまざまで、ESDでは電力は最小です。過渡サージ波形は電力が最大になります(図1)。

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図1:IEC 61000-4試験の特定のタイプおよびクラスにおけるESD、EFT、
およびサージ試験波形の相対電力。
平均電力レベルは、過渡パルスの
持続時間とピーク振幅に比例します。(画像提供:Texas Instruments)

左側のグラフは、10kVのESD、4kVのEFT、および0.5kVのサージの相対電力を示しています。右側のグラフは、0.5kVおよび6kVサージの相対電力レベルを示しています。ご覧のように、平均電力レベルは過渡パルスの持続時間とピーク振幅に比例します

ピーク電力レベルは、グラフに示すように、キロワットからメガワットまで試験によって変化します。これらのテスト波形は、干渉する信号波形の特徴についていくつかの示唆を与えます。設計者にとっての課題は、このような電気的過渡現象からRS-485デバイスをどのように保護するかということです。

保護は配線からスタート

RS-485の物理層仕様はTIA/EIA-485Aで、ツイストペア線による差動(平衡)伝送を規定しています。接続は1つのツイストペア線の半二重(同一回線で送信と受信を交互に行う)、または2つのツイストペア線が必要な全二重(送信と受信を別々の回線で同時に行う)です。ツイストペア線の両端は、その特性インピーダンス(通常は120Ω)で終端されています。

差動信号にツイストペア線を使用することにより、ペアの両方の配線に共通する干渉信号が差動処理で互いに差し引かれるため、ノイズ耐性が高くなります。

シールド付きツイストペアケーブルを使用することで、干渉信号からの保護をさらに高めることができます。RS-485アプリケーション用の典型的なシールド付きツイストペアは、Alpha Wireの品番6453 BK005ケーブルです。このケーブルは、AWG(American Wire Gauge)#22の単線のツイストペアを、ワイヤブレードとアルミ蒸着マイラーシールドテープで覆っています。シールドへの接続を容易にするため、AWG#22のドレインワイヤが使用されています。ツイストペアの信号線の公称インピーダンスは120Ωです。このケーブルの長さは100フィート(約30m)ですが、製造元から500フィート(約150m)や1000フィート(約300m)の長さのものも入手可能です。

確実に接地されたシールドケーブルは、EMI信号のリターンパスを提供し、内部のツイストペアと干渉信号とのカップリングを防ぎます(図2)。

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図2:シールド付きRS-485ケーブルの使用による信号線ペアの
誘導ノイズや干渉の低減(画像提供:DigiKey)

何百、何千フィートも離れている設備でのアース相互接続は、シリアルバスの一方の端ともう一方の端との間にかなりの電位差を生じる可能性があるため、ある程度の検討が必要です。ケーブルのシールドを介して直接接続すると、グランド電流が大きくなる可能性があります。最初のシンプルな構成は、データリンクの片側にシールドを接続することで、通常は図2に示す1次グランドの基準点となります。別の接続方法としては、ローカルグランド間に直流(DC)オフセットがある場合に交流(AC)でグランドをカップリングする方法や、信号グランドと電源グランドとを分離して別々に処理する方法があります。最適な方法は、その状況により大きく異なります。

過渡サプレッサダイオード

過渡電圧抑制(TVS:transient voltage suppression)デバイスは、ガス放電管、金属酸化物バリスタ(MOV:metal oxide varistor)、サイリスタなどを含む保護コンポーネントに分類されます。これらのデバイスは、印加電圧が規定の降伏電圧を超えた場合に電流を流すことを目的としています。これらの部品は高速で動作し、応答時間は50ピコ秒(ps)程度です。降伏電圧は3~400ボルトの範囲にあり、デバイスは大電流を流すことができます。

TVSダイオードはアバランシェ降伏ダイオードで、印加電圧が降伏電圧VBRを超えると電流を流し始めます(図3)。

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図3:TVSダイオードの回路モデル(左)とその電流/電圧特性(右)。
クランプ電圧(VCLAMP)は、降伏電圧(VBR)、ダイナミック抵抗
(RDYN)、およびダイオードを流れる電流(IPP)の関数となります。
(画像提供:Texas Instruments)

VCLAMPは、降伏電圧、ダイオードの動抵抗、およびデバイスを通過する電流に依存します。図に示すデバイスは、正電圧のみをクランプする一方向性ダイオードで す。正負両方の過渡サージ電流をクランプする双方向デバイスもあります。

これらのデバイスは、図4に示すように、RS-485信号線とグランドとの間に接続さ れます。

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図4:IA/EIA-485トランシーバのAおよびBの信号ラインの
保護に使用されている2個の双方向TVSダイオード
(画像提供:DigiKey)

図のように、2つの双方向TVSダイオードがTIA/EIA-485トランシーバのAおよびB信号ラインを保護するために使用されています。クランプ電圧を超える過渡電圧によりダイオードはブレークダウンし、トランシーバを保護するために過渡電流をグランドに流します。

従来のTVSダイオードの電流依存クランプ電圧では、より高いトランシーバの過渡電圧許容限界が必要です。Texas InstrumentsのTVS保護デバイスTVS0500DRVRは、高精度のクランプ電圧を提供する保護デバイスファミリの1つです。TVS0500DRVRのスタンドオフ電圧または降伏電圧は5Vで、IEC 61000-4-5 8/20µs(立ち上がり8µs/持続時間20µs)のサージ試験で43アンペア(A)のクランプ電圧は9.2Vです。ダイナミック抵抗を低減する独自のフィードバック回路を使用することにより、このブレークダウン電圧からクランプ電圧までの範囲を狭くしています。(図5)。

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図5:FETを駆動する電圧検出回路を使用したフラットクランプの回路モデル。
フラットな電流-電圧(I-V)特性は、従来のTVSダイオードと比較して、
公称スタンドオフ電圧定格に近いクランプ電圧を持ち、その結果、保護
すべきシリアルバスに対するストレスが少なくなります。
(画像提供:Texas Instruments)

この「フラット」クランプは、高精度電圧検出回路とゲートドライブおよびパワー電界効果トランジスタ(FET:field-effect transistor)を組み合わせたものです。FETはアクティブクランプとして動作します。入力電圧が降伏電圧またはスタンドオフ電圧より低い場合、FETはオフになります。電圧がスタンドオフ電圧まで上昇すると、電圧センス回路がFETを導通状態にします。入力電圧が上昇し続けると、FETはより強く導通状態に駆動され、デバイスの電圧をほぼ一定レベルに保持します。FETのオン抵抗が低いため、従来のTVSダイオードに比べてクランプ電圧が大幅に低減さ れます。

フラットレスポンスデバイスは、従来のTVSダイオードと8/20µsサージ波形に対する時間領域の応答を比較すると、ピーク電圧振幅が低くなっていることがわかります(図6)。これにより、部品の電力損失も減少します。また、フラットクランプのデバイスの静電容量(TVS0500DRVRでは155pF)は非常に小さいため、シリアルバスの負荷が軽減され、保護対象のシリアルバスの帯域幅が向上します。

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図6:8/20µsのサージパルスに対する従来のTVSダイオードとフラット
クランプデバイスとの時間応答の比較。フラットクランプは
保護すべきシリアルバスが受けるピーク電圧を低減します。
(画像提供:Texas Instruments)

サージ保護内蔵バストランシーバ

Texas Instrumentsは、THVD1429DT RS-485半二重トランシーバにTVS保護ダイオードを組み込んでいます。このトランシーバは、シリアルバスの入出力保護に対応しています。具体的には、±16kVの人体モデル(HBM:human body model)のESD、±8kVのIEC 61000-4-2の接触放電、±30kVのIEC 61000-4-2のエアギャップ放電、±4kVのIEC 61000-4-4の電気的ファストトランジェント、±2.5kVのIEC 61000-4-5 1.2/50μsのサージに対する保護です。シリアルバスの速度は最大20Mbits/sで、8ピンSOICパッケージに収められています。

すべてのバストランシーバと同様、使用可能な最大データレートはシリアルバスの長さの関数です。20Mbits/sのレートは、シリアルバス上の信号周波数における減衰が十分に小さい場合にのみ達成可能です(図7)。このグラフは、シリアルバスの長さの関数としてのデータレートをプロットしています。データレートは、5%から10%程度のわずかなタイミングのジッタを許容することで、標準の特性以上に高速化することができます。プリエンファシスなどの信号処理により、通信の信頼性を向上させることができます。

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図7:THVD1429DT RS-485バストランシーバのケーブル長対データレートの
特性。5%から10%程度のわずかなタイミングのジッタを許容することで、
標準の特性よりもデータレートを向上させることができます。
(画像提供:Texas Instruments)

トランシーバのプリエンファシスによる信頼性の向上

長距離のシリアルバスは符号間干渉(ISI:Inter-symbol interference)の影響を受けます。ISIは、データパターンに応じてシリアルバス出力の信号振幅を変化さ せます。連続する1のあとの単一の0の場合(e.g. 11111110)は、連続する0のあとの単一の1の場合(e.g. 00000001)に比べてピーク電圧が高くなります。前者のデータパターンは、後者のパターンに比べて、スレッショルドレベルまで落ちるのに時間がかかります。この結果、有効な信号持続時間はデータパターンに依存し、一種のタイミングジッタとなります。プリエンファシスは、各エッジの信号振幅を増加させることでISIの影響を低減し、さまざまなデータパターン間の時間差を減少させます。

例えば、Maxim IntegratedMAX3292ESD+は、最大10Mbits/sで動作するプリエンファシスを組み込んだ全二重RS-485トランシーバです。プリエンファシスにより、一定のデータレートでシリアルバスの長さを2倍にすることができますし、あるいは一定のシリアルバスの長さでデータレートを2倍にすることができます(図8)。

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図8:プリエンファシスの使用によるシリアルバスの長さまたはデータレートの
改善を示すグラフ。プリエンファシスにより、一定のデータレートで
シリアルバスの長さを2倍に、または一定のシリアルバスの長さで
データレートを2倍にできます。(画像提供:Texas Instruments)

データレートの関数としてのケーブルバス(シリアルバス)の長さのグラフは、標準の動作とプリエンファシス動作の両方の関係を示しています。データレート2Mbpsの場合、プリエンファシスなしの最大シリアルバスの長さは約900フィート(約274m)です。プリエンファシスを使用した場合、シリアルバスの長さは1,800フィート(約548m)まで増加します。

まとめ

RS-485バスは産業用に設計されていますが、そのバスを保護し、データレートに対して信号の整合性を確保し、伝送範囲を拡張するために、設計者ができることはたくさんあります。シールドケーブル、過渡サージ保護デバイス、プリエンファシスによる信号処理など、いくつかの技術を使用することで、電磁干渉があっても信号の整合性を向上させることができます。



著者について


Art Pini

Art Pini氏(本名:Arthur Pini)はDigiKeyの寄稿執筆者の1人です。City College of New Yorkで電気工学の学士号を取得し、City University of New Yorkで電気工学の修士号の学位を取得しています。エレクトロニクス分野で50年以上の経験を持ち、Teledyne LeCroy、Summation、Wavetek、およびNicolet Scientificでエンジニアリングおよびマーケティングの要職を歴任しています。測定技術に関心を持ち、オシロスコープ、スペクトラムアナライザ、任意波形発生器、デジタイザ、そしてパワーメータに関する豊富な経験を持っています。

出版者について


DigiKeyの北米担当編集者



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