トランスの実験:磁気飽和と電圧対周波数比(V/f)の可視化


APDahlen Applications Engineer

概要

トランスは複雑な部品です。教科書は理論の説明には優れていますが、詳細が不足している場合が少なくありません。この記事では、その不足部分を低コストの実験により、トランスが低周波定格を超えた場合にどのような結果になるかを明確に示します。

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はじめに

トランスは、インダクタに次いで誤解されやすい基本的な部品の1つです。この技術概要では、理解を深めるための実験を紹介します。特にトランスの低周波応答に焦点を当て、以下の関連する疑問の理解を深めます。

  • 低周波トランスは、なぜ高周波トランスよりも大型になるのでしょうか?

  • 120V AC定格のトランスを240V ACに接続すると、なぜ焼損するのでしょうか?

  • 磁気飽和とは何でしょうか、また、それはいつ最初に観測されるのでしょうか?

  • オーディオトランスはなぜ大きくて重いのでしょうか?これは真空管ギターアンプやオーディオアンプにおいて特に重要です。

  • オーディオトランスの帯域幅の制限は何でしょうか?

図1: 著者のAnalog Discoveryを背景にした小型トランスの写真

対象とする読者

オシロスコープの使用やボード線図の読み取りができるなど、電子回路の基礎知識を有していることを前提としています。フィルタやオペアンプの解析概念(大学2年レベルの内容)をトランスに適用する必要があります。これは、トランスを改めて見直し、新たに習得したスキルを応用する絶好の機会です。

技術的なヒント: これは電子工学教育の順序としては前後していますが、実際にはこの方が正しいかもしれません。エンジニアはトランスを理解していないからです。これは次の就職面接で使えるポイントです。トランスは、机上の理論が現実に通用するか試される領域です。

電圧対周波数比(V/f)の式の復習

実験の説明に入る前に、教科書に記載されているトランスの起電力に関するEMF式(巻数あたりの電圧の式)を簡単に確認します。この式は、磁気飽和が始まる前の最大磁束密度Bを示しており、以下のように表わします。

B_{max} = \frac{V}{K \, N \, A \, f}

ここで、

  • B_{max} = 磁束密度(最大値)
  • V = 印加実効値電圧
  • K = \frac{2 \pi}{\sqrt{2}} から導出される正弦波信号の波形定数4.44
  • N = 巻数
  • A = コア(鉄心)断面積
  • f = 周波数

与えられたトランスに対して、K、N、およびAの各項を 実際のトランスに適用可能な1 つの定数にまとめることにより、基本の式を簡略化できます。

V = K \, N \, A \, f \, B_{max} \longrightarrow V = C \, f \, B_{max} \longrightarrow B_{max} = \frac{V}{C \, f}

個人的には、この最終の式の方が理解しやすく、この記事で説明する実験の枠組みを理解するのに役立ちます。メモ用紙にこの関係式を書き留めてください。

電圧対周波数比(V/f)の式の導出

電圧対周波数の式は、ファラデーの法則の最も基本的な適用に基づいています。

e = N \frac{d\Phi}{dt}

以下のように電圧が正弦波であると仮定します。

e(t) = \sqrt{2}\,V\sin(\omega t)

磁束を求めるには、次の積分計算を行います。

\Phi(t) = \frac{1}{N} \int e(t)\, dt

代入および積分計算により、基本式が導出されます。

B_{\text{max}} = \frac{V}{K \, N \, A \, f}

トランスの実験に必要な部品

以下の実験に必要な部品および測定機器を準備してください。

  • 図1に示すようなTriad Magnetics MET-31-T などの小型オーディオトランス。このトランスは、低周波で意図的に鉄心を磁気飽和させるために選定しています。

  • DigilentのAnalog Discoveryのようなスペクトラムスイープ機能を備えた多機能計測器

  • ブレッドボードと一般的な抵抗器

  • Analog Discoveryをブレッドボードに接続するためのヘッダピン

技術的なヒント: 実験室には、従来型の信号発生器とオシロスコープが備わっているかもしれません。それは素晴らしい環境です。ただし、その場合は周波数スイープを手動で行い、結果を表計算ソフトまたは対数グラフ用紙にプロットする必要があります。

トランスの周波数スイープのための機器構成

図1に構成を示し、図2に対応する回路図を示します。構成は以下のとおりです。

  • トランスを駆動するファンクションジェネレータ

  • 電流測定用としてトランスに直列接続された10Ωシャント抵抗

  • 1kΩ負荷抵抗

  • オシロスコープをR1(入力電流測定用)とR2(出力電圧)の両端に接続し、電圧を測定します。

この例では、Analog Discoveryはファンクションジェネレータとオシロスコープの両方として動作します。

図2: トランスの周波数スイープの回路図

トランスの応答特性評価のための実験(4パート構成)

提案する実験は4つのパートに分かれています。最初のパートでは基礎状態を確立し、そのあとのパートではトランスを過負荷状態にして低周波応答を明らかにし、電圧対周波数比(V/f)の式を裏付けます。

パート1:1kHzでの初期テスト

最初の実験では、トランスに1kHz の信号を入力し、出力電圧と入力電流を観測することで、システムが正常に動作していることを確認します。目標とする波形を図3に示します。観測項目は以下のとおりです。

  • 波形発生器の信号(赤)
  • 出力電圧(オレンジ)はわずかに減衰
  • 電圧と電流(青)は同相
  • 電圧と電流は正弦波であり、歪みは比較的少ない

観測結果

これは理想的な状態であり、トランスは規定された帯域内で正常に動作しています。

図3: 1kHzで動作しているトランスの電圧波形と電流波形

パート2:低振幅での周波数スイープ

2つ目の実験は、DigilentのAnalog Discoveryの高度な機能を使用してトランスの周波数スイープを行うことです。その結果を図4に示します。トランスの入力振幅は50mVに設定されています。

  • 電圧(オレンジ)は比較的平坦で、30Hzで約3dB低下しています。

  • 電流(青)は、最も低い周波数で大きく増加しています(18dB)。

観測結果

この実験により、トランスの周波数特性は小信号に対して概ね許容範囲内であることを示しています。高忠実度(20Hzから20kHzまで平坦)ではありませんが、最低音声周波数(300Hz)までは確実に平坦です。

図4: 小信号レベルでのトランスの周波数スイープ

パート3:高振幅での周波数スイープ

これは、この一連の実験で最も重要なものです。トランスに50mVの信号を入力する代わりに、振幅を5Vに増加させます。

図5に示す周波数スイープの結果は、図4とは著しく対照的です。

  • 電圧の増加により、入力電流は中域周波数帯域での電流に比べて、驚べきことに40dBも増加します。

  • 出力電圧は200Hz未満の周波数で急激に低下します。

  • このような見かけ上の欠点にかかわらず、トランスはデータシートに規定されている低周波限界の300Hzの範囲内で正常に動作しています。

観測結果

トランスにおいて低周波数での高電圧は大電流を引き起こします。

図5: 大信号レベルで動作するトランスの周波数スイープ

パート4:低周波、大振幅における詳細な観測

この実験では、低周波における高電圧によって生じる電流をより詳細に観測します。設定は図3と同じですが、周波数を1kHzから100Hzに変更しています。その結果得られる大きく歪んだ電流波形および電圧波形を図6に示します。

観測結果

トランスの入力電流に顕著なスパイクが見られます。この状況を完全に理解するために、入力電流が急激に変化するときにスパイクが発生することに注意が必要です。これは入力信号に対して約90度の位相で発生します。しかし、これは図5の周波数スイープから既に分かっていることです。

図6: 100Hzで動作するトランスの電圧波形と電流波形

結果の解釈

要約: 高電圧および低周波では、B-Hカーブはもはや線形ではありません。これは負荷とは関係ありません。

電子工学入門の授業から、インダクタの電流は入力電圧に対して90度位相がずれる(遅れる)ことが分かっています。

電流スパイクは、簡単な思考実験で説明できます。

2つのインダクタがあると仮定します。一方は高インピーダンス、もう一方は低インピーダンスです。両方を電源に接続すると、インピーダンスの低いインダクタの方がより大きな電流が流れます。また、どちらの場合も電流は入力電圧に対して遅れます。

図4から、50mVの入力信号では電流が比較的小さく抑えられていることがわかります。しかし、図5では入力電圧の増加に伴い電流が著しく増加しています。インダクタの特性から、低周波ではトランスのインダクタンスが実質的に低下していると合理的に推測できます。これは、入力波形の立ち上がりエッジと立ち下がりエッジで電流スパイクが観測されていること(電圧と電流の90度の位相関係)に基づいています。

さらなる根拠として、図7を検討します。ここでは、負荷抵抗を取り外したときの周波数スイープを示しています。低周波入力電流は負荷時と無負荷時でほぼ同じであることがわかります。これは、インダクタンスが実質的に低下しているという仮定を裏付けるものです。言い換えれば、B-H曲線はもはや線形ではなく、負荷とは無関係です。これは、低周波で高電圧を印加した状態で動作を継続すると、一次巻線が過熱する可能性があることを示唆しています。

図7: 大信号レベルで動作するトランスの無負荷周波数スイープ

詳細な分析

技術的には、鉄心は磁気飽和しており、その飽和はトランスの構造および印加周波数に依存します。これを電力トランスに関連付けると、トランスの巻線は特定の(固定された)周波数で所定の電圧に合わせて設計されていることが分かります。

例えば、コスト重視の電力トランスの巻線は、120V AC、60Hz用に設計されています。ここで「コスト重視」とは、設計者が鉄心材料(鉄など)を最小限に抑えていることを意味します。このトランスは、120V AC、50Hzでの動作には適していません。入力電圧が磁化曲線のニーポイント(knee point)を越えると、鉄心が磁気飽和し、図6に示すような電流スパイクが発生します。

磁気飽和メータとしてスペクトラムアナライザを用いる追加実験の提案

周波数を一定に保ち、磁気飽和の閾値に達するまで電圧を増加させることで、この簡略化された式を裏付けることができます。これは、スペクトラムアナライザを使用して実験的な閾値を設定する機会となるでしょう。例えば、磁気飽和を基本波と第2次高調波または第3次高調波の比として定義することができます。これは完全ではありませんが、妥当な磁気飽和の指標として機能します。次に、他の周波数で測定を行い、トランスの1つにまとめた定数Cが一定であるかどうかを確認します。

おわりに

この記事で紹介した小型オーディオトランスは、多機能な測定機器と組み合わせることで、実測と理論を結びつける架け橋となります。小型であるため、Analog Discoveryでオーバードライブ(磁気飽和)状態にすることができ、低周波特性を明らかにすることができます。

ぜひ試していただき、あなたの学生が成功したかどうかをお知らせください。

ご健闘をお祈りします。

APDahlen

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著者について

Aaron Dahlen氏、LCDR USCG(退役)は、DigiKeyでアプリケーションエンジニアを務めています。彼は、技術者およびエンジニアとしての27年間の軍役を通じて構築されたユニークなエレクトロニクスおよびオートメーションのベースを持っており、これは12年間教壇に立ったことによってさらに強化されました(経験と知識の融合)。ミネソタ州立大学Mankato校でMSEEの学位を取得したDahlen氏は、ABET認定EEプログラムで教鞭をとり、EETプログラムのプログラムコーディネーターを務め、軍の電子技術者にコンポーネントレベルの修理を教えてきました。

Dahlen氏は、ミネソタ州北部の故郷に戻り、コンデンサ探しから始まった数十年にわたる旅を終えました。彼の物語はこちらからお読みください。




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